2010年5月25日火曜日

多治見市倫理法人会 山村副会長の講話「創造的無能を目指して」



How leaders turn losers into winners 【参加者募集のお知らせ】人生の負け犬から抜け出す方法 勉強会

今朝の倫理法人会、山村副会長の講話は次のとおり。

苦難福門、と倫理では教えられる。特に倫理には苦難や困難を体験した方が数多く講話をされるが自分にはそんな体験はほとんど思いつかない。苦難に出会わない代わりに幸運にも出会っていないのかもしれない。あるいは、苦難からうまく逃げる。避けているため気付いていないのかもしれない。

 苦難とはいえないかもしれないが、人と異なっているという体験をしたことが、今の人生を形作っている。たとえば、

(1)色弱である。

 理系が得意で将来は医師になろう、と思っていたが、このため夢を断念せざるを得なかった。ところが、色弱のおかげで、人と自分が違う、ということに気づいた。自分が見ている赤い色と他人が見ている赤い色。見えてるものは一緒だけど、同じように見えているとは限らないということに。人と同じ考えでなくても良いと気づいた。

(2)浪人。

 平均以下の成績だった自分だが、受験に失敗したことで成功できるというジンクスを得た。むしろ「一回失敗しないとうまくいかない」と思うようになった。

(3)書籍

 「ピーターの法則」人間は能力の極限まで出世すると無能になる。銀行勤務時代の上司をみていて、「出世すると無能になってしまう!」と危機感を抱いた。そのままエスカレーターのように上のステップに上がったとき、それでいいのか?と気付かされた。

 なだいなだ著「人間この非人間的なもの」 “りんごのようなほっぺ”というたとえがある。だが、今やりんごは赤一色のものばかりではない。“高速道路に牛が出た”→のんびりした春の陽ですねえ、と応える。だが、実際、時速100キロで走っている高速道路上に、体重500キロ~1トンもの巨大な牛が歩いていたら、とても「のんびりした風景」などと言うことはできない。

 つまり、たとえを出されることでむしろ思考が凝り固まってしまう危険性と想像力をもっと働かせないと悲惨なことになる、という点を学んだ。

 結果、他人とちょっと変わった視点を持つように心掛けるようにしたことで、独自の自分らしい生き方ができるのではないか、と気づいた。多くの人は、まぐろのような生き方こそ幸せな生き方だと選んでいるが、海底からのんびりながめる「ひらめ的人生」でもいいのではないだろうか。

===

 まるで一休さんのような話である。だが、それも幸福の本質ではないだろうか。人それぞれでよい。同じ物差しだけで成功失敗を測る必要はない。自分らしい、とは何だろうか、自分らしく生きるとは?この問いに山村氏は非常にクリアな価値観をお持ちである。

 誰しも経済的な成功や名声を求めて、その実現によって成功失敗と嘆いたり喜んだりしている。だが、それは、同じ現象を見て片方では喜び、もう片方では悲しむ、といった、感情(と勘定)に左右されるだけの生き方だ。

 自分の思考や行動そのものを客観的に把握し認識する「メタ認知」の能力を高め、感情に左右されることなく、自分の価値観に沿って生きる、そんな生き方こそ「生き方上手」なのではないだろうか。山村氏はそんな「生き方上手」な方だと思う。

メタ認知能力を高めたい方にお知らせです。 How leaders turn losers into winners 【参加者募集のお知らせ】人生の負け犬から抜け出す方法 勉強会を開催します。よかったらどうぞ。歓迎します。

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